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Ⅶ-遷延性意識障害

  • 1 問題の所在
    • ~損害保険会社との間で将来の介護料や逸失利益などで争いが生じる~
  • (1)遷延性意識障害とは何か ~いわゆる植物状態~
  • (2)治療方法 ~現状維持目的の治療が多い(しかし回復を諦めないで!)~
  • (3)成年後見制度の利用 ~弁護士事務所がお手伝いできるところ~

  • 2 主な争点
  • (1)余命
    • ①なぜ余命が争点となるのか ~余命についての基本的考え方~
    • ②事例紹介 ~余命の認定に必要となる事実~
    • ③まとめ ~保険会社の主張を否定するために~
  • (2)生活費控除 ~生きているのに生活費控除って・・・~
    • ①生活費控除とは
    • ②事例紹介 ~裁判所の基本的な考え方をご紹介~
  • (3)介護費
    • ①将来介護費 ~自宅介護か施設介護か~
    • ②事例紹介 ~自宅介護を肯定した例と否定した例を素材に~
      • ⅰ 東京地裁平成22年3月26日判決(肯定例)
      • ⅱ 東京地裁平成24年10月11日判決(否定例)
      • ⅲ 判断を分けた要素 ~なぜ結論が分かれたのか~
  • (4)一時金賠償と定期金賠償
    • ① 損害賠償の方式 ~原則は一時金賠償方式~
    • ② 裁判例 
      • ⅰ 最高裁昭和62年2月6日判決 ~損害賠償方式に関する先例~
      • ⅱ 東京高裁平成15年7月29日判決 ~定期金賠償を採用~
      • ⅲ 福岡高裁平成23年12月22日判決
         ~定期金賠償を命じた原判決を変更し一時金賠償によるべきとした例~
    • ③ まとめ ~今後の裁判所の動向に注目~

  • 3 おわりに

1 問題の所在

(1)遷延性意識障害とは何か

 遷延性意識障害とは、俗にいう植物状態のことを指します。

 交通事故により、頭部に強い衝撃をうけたことによって脳が広範囲に損傷・断裂することが原因で発症します。日本脳神経外科学会は、遷延性意識障害との診断基準について、

①自力移動が不可能

②自力摂食が不可能

③糞・尿失禁

④声を出しても意味のある発語が不可能

⑤簡単な命令には辛うじて応じることも出来るが、ほとんど意思疎通は不可能

⑥眼球は動いていても認識することは出来ない。

 以上6項目が、「治療にもかかわらず3ヶ月以上続いた場合を「植物状態」とみなす」と定義としています。

 遷延性意識障害は、その原因により回復の度合いが異なります。例えば、脳外傷が原因の遷延性意識障害では、短期に意識回復する割合が高く、心肺停止状態や一酸化炭素中毒が原因の場合では、意識回復する割合が比較的低くなるとの報告があります。

 交通事故による後遺障害として、「遷延性意識障害(植物状態)」が残存した場合、そのご家族は介護等の大きな負担を強いられることになります。交通事故により遷延性意識障害となってしまった被害者のご家族の生活は、事故前とは一変してしまいます。

 交通事故により、脳に激しい損傷を負い、遷延性意識障害となることは少なくなく、独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)では、専門の療護センター(病院)を設置・運営しています。

(2)治療方法

 遷延性意識障害に対する治療方法としては、積極的な治療によって意識が回復する可能性は非常に低いため、積極的治療よりも現状維持を目的とするものが多いのが現状です。

①脊髄電気刺激療法

 症状回復の可能性が非常に低いとはいえ、生命維持装置がないと死亡してしまう「脳死」状態とは異なり、呼吸や循環機能は保持されているため回復の可能性は残されている。実際に脊髄電気刺激療法によって改善したという症例も報告されている。

 脊髄電気刺激療法とは、本来痛みを和らげることを目的とするもので、痛みのある部分を支配する神経に繋がる脊髄に微弱な電気を流すことによって痛みの信号を伝わりにくくするというものです。

②肺炎の予防

 意識障害が残った状態の患者さんは、唾液や痰が誤って気管に入ってしまう危険があります。唾液や痰が気管に入ってしまうと肺炎を引き起こす原因ともなります。

 これを防止するためには、定期的にたまった痰や唾液を吸入などの方法によって取り除くことが必要となります。

③床ずれの防止

 遷延性意識障害の患者さんは、自らの意思で体を動かすことができないので寝たきりのまま寝返りをうつことができません。

 長時間同じ体位のままで寝ていると、床ずれができてしまい、皮膚潰瘍の原因ともなりかねないので、2時間ごとの体位交換が必要となります。

④関節拘縮の防止

 自ら体を動かすことができないため、体の関節が固まって動かなくなってしまいます。これを防止するために、介護者はまめに患者の関節を動かして関節の拘縮を防止する必要があります。

⑤その他リハビリなど

 遷延性意識障害の患者さんに対するリハビリとしては、様々な刺激を与えることが有用とされています。例えば、家族による声掛けや光刺激・音刺激(音楽など)です。定期的な刺激によって、何らかの反応が見られるようになることもあるようです。

(3)成年後見制度の利用

 遷延性意識障害になってしまった場合、被害者本人は示談などの意思表示をする能力が全くない状態となります。そうなると、被害者本人は損害賠償の示談交渉や裁判の当事者となることができません。

 このように、本人が意思表示の能力を全く失ってしまった状態の場合、本人のために意思表示等を行う者を選任する制度として成年後見制度があります。

 成年後見制度とは、意思能力を失ってしまった人のために、成年後見人を家庭裁判所が選任し、成年後見人に選任された者が本人の代わりに法律行為などを行うことができる制度です。

 交通事故の被害に遭い、被害者が遷延性意識症になってしまった場合には、保険会社との示談交渉や裁判のために、早い段階でご家族が成年後見人となるべく家庭裁判所に申立てを行った方がよいでしょう。

 成年後見制度の利用申立てについては、弁護士事務所がお手伝いできる分野です。

2 主な争点

 交通事故によって、被害者が遷延性意識障害となった場合に、損害賠償について、加害者側の保険会社としては、できる限り賠償金額を抑えようと考えています。そこで、保険会社との間で争いとなり得る点について事例などを交えてご紹介します。

(1)余命

① なぜ余命が争点となるのか

 通常の交通事故の損害賠償の場合、賠償額を算定するにあたって将来平均余命まで生存することを前提とします。

 これに対して、保険会社は遷延性意識障害(植物状態)となった患者の平均余命は、健常者の平均余命と比較しても短いとして、平均余命を不当に短く主張してくることがあります。

 例えば、事故時30歳であった人の場合、簡易生命表(平成23年)によれば平均余命は50.28年とされています。つまり平均余命は約50年あるということになります。

 これに対して保険会社は、平均余命が約50年認められるのは健常者に限られるのであって、寝たきりとなった遷延性意識障害者の平均余命は10年程度であるとの主張をしてきます。

 保険会社の主張の背後には次のとおりの本音がうかがえます。すなわち、遷延性意識障害となった方については、将来の介護が当然必要となるわけですから、将来の介護費用も損害賠償に含まれることになります。となると、保険会社としては、50年分の将来介護費用が10年分に抑えられれば大幅に支払金額を減らすことができるのでこのような主張をしてくるのです。

 このような主張は、事故の加害者が被害者に対して遷延性意識障害という重度の障害を被らせておいて、遷延性意識障害になったのであるから平均余命は短いと考えるべきだと言っているに等しく、被害者及びその介護にあたるご家族の感情を著しく害するものです。

 ご家族にしてみれば、「こんな無茶苦茶な主張は絶対に認められるはずがない。」と思われるでしょうが、裁判においては、この点について、丁寧に反論、主張立証をしなくてはなりません。遷延性意識障害をなった方の平均余命について、通常通り簡易生命表によって認定すべきであり、10年程度などの短期間に限定すべきではないとする裁判例は過去に多く出されていますから、これらの裁判例を提出し、丁寧に主張立証すべきでしょう。

② 事例紹介

 大阪地裁平成15年4月18日判決

 本判決は、交通事故によって植物状態となり全介助が必要となった男性(症状固定時18歳)について、加害者側保険会社が、「寝たきり者の生存余命を解析した論文」なるものを根拠として男性の平均余命は10年程度であると主張しました。

 裁判所の判断の概要、次のとおりです。なお()や下線は弁護士事務所が加筆。

「(病状について)

 ・・・植物状態で全介助が必要であり、気管切開と胃瘻造設を受けているが、症状固定までの間の在宅介護中において、栄養剤注入後の嘔吐により入院したことや胃瘻チューブ交換目的での入院中に胃潰瘍が発見され治療を要したことはあったものの、 (被害者側の主張を認めるための検討要素の指摘)

 他に、肺炎等の感染症を発症して治療を要したということもなく、呼吸、血圧、体温、尿量、栄養状態はいずれも安定し、褥瘡は生じておらず、内臓機能、自律神経機能、免疫力低下も認められていないこと及び原告X1(被害者)に対しては、前記認定のとおり、原告X3及び同X2(被害者の両親)により、ヴォーリズ記念病院の指導に従った適切な介護が行われているほか、週三回の看護師の訪問、二週間に一回のヴォーリズ記念病院への通院等、異常があれば早期に発見し対処し得る態勢も整っていることからすれば、

(結論的な部分)

原告X1について生命に対する具体的な危険があるとはいえないから、原告X1の推定余命は、簡易生命表に基づき、18歳男子の平均余命である59年と認めるのが相当であり、これを覆す事情を認めるに足りる証拠はない。」と判示し、

 さらに「寝たきり者の生存余命を解析した論文」については、「自動車事故対策センターによる平成4年のデータをもとに解析したものであるところ、基礎となるデータは、観察期間14年程度のものにすぎず、サンプル数も少ないこと及び脱却者について脱却以降の追跡調査はされていないこと等からすれば、これを根拠に原告の推定余命を認定するのは相当ではない。」とし、同論文は平均余命を制限する証拠とはなりえないと示しました。

③ まとめ

 上で紹介した裁判例は、植物状態となっていたとしても、呼吸や体温などが安定している状態であり、生命に対する具体的な危険が存在していなければ、推定余命を通常の平均余命と比較して短期間に限定することはできないと判断したもので、常識的な判断といえるでしょう。

 上記に紹介した事例は、植物状態となった被害者を両親が自宅で介護しているものであったために、医療機関の指導に従った適切な介護が行われていることや週三回の看護師の訪問、二週間に一回の通院など非常事態に早期に対処し得る環境が整っていることが詳細に認定されて生命に対する具体的な危険の存否が判断されていますが、施設介護を受けている場合や自宅介護であっても常時職業介護人による介護が行われている場合には、生命に対する具体的な危険が存在しないことはより容易に認められるものと思われます。

 このように、「寝たきりなのだから余命は短い。」などという非人道的とも思える加害者側からの主張には怒りすら覚えますが、丁寧な主張立証を心掛ければ、裁判所がそのような主張を認めることはまずありえないと言ってもいいと思います。

(2)生活費控除

① 生活費控除とは

 生活費控除は、通常、交通事故によって被害者が死亡している場合の逸失利益を算定するにあたって問題となるものです。被害者が生存していれば、得ていたであろう収入の中から当然生活費が支出されることになりますが、死亡している場合には、この生活費の支出がないため、その分を逸失利益から控除するということになります。

これが生活費控除と呼ばれるものです。

 遷延性意識障害は、寝たきりとはいえ生存しているにもかかわらず、保険会社は、寝たきりだから生活費が比較的少なくて済むはずなので、逸失利益の中から一定割合を控除すべきだという主張をしてくることがあります。遷延性意識障害の場合、食費については流動食として病院における治療費に含まれ、被服費、教養費、交通費、通信費、交際費等はほぼ支出を要しないはずだとして10%から50%の生活費控除を認めた裁判例があるのは驚きです。現在では生活費控除を否定的に考えるのがスタンダードとなっており、交通事故の専門部がある東京地方裁判所民事第27部においては、遷延性意識障害となった交通事故被害者の逸失利益を算定するにあたり、生活費控除はしないという立場に立っていますし、同様の立場に立つ裁判所が多数派ではありますが、生活費控除を否定した多くの裁判例を参考として、的確な反論していくことが必要です。

② 事例紹介

 遷延性意識障害の場合の逸失利益を算定するにあたって、一定割合の生活費控除を行うべきであるとの加害者側の主張に対して、これを否定した裁判例は数多く存在しますが、理由付けはどれも簡潔なもので、裁判所としても、被害者が生存している以上は生活費控除を行うのは相当でないという考えが一般的となっているものと思われます。以下で、いくつかの裁判例の理由付けをご紹介します。


・仙台地裁平成21年11月17日判決

 「被告らは、遷延性意識障害の場合は就労不能であることが明らかであるから、一定程度の生活費控除を行うことが合理的であると主張する。しかしながら、原告X1の食事内容は材料としては通常の食事と変わらず、また食材費以外にも、炊事、洗濯及び空調をはじめとする生活一般において一定程度の電気、ガス、上下水道代を要することは想像に難くなく、さらにガソリン代や被服費等を要するであろうことも考慮に入れると、原告X1が遷延性意識障害であるからといって、直ちに生活費控除を行うことが相当とまではいい難い。」


・大阪地裁平成22年3月15日判決

 「なお、原告X1は、逸失利益の計算に当たって、生活費を控除した主張をしているが、同原告が将来一定の生活雑費等を要することは明らかであるから、当裁判所は、生活費控除は行わないこととする。」


・神戸地裁平成16年12月20日判決

 「被告は、逸失利益の算定においては50パーセントの生活費控除をすべきであると主張している。しかし、原告における将来の生活に必要な費用が治療費と付添看護費に限定されるとする被告の主張は到底採用することができず、本件において生活費控除をすべきものとは認められない。」


・名古屋地裁平成14年1月28日判決

 「被告は、原告Aが自宅における療養生活を継続するのであれば外食費、衣服代、交際費等の支出を免れることを理由に生活費の1割を控除すべきである旨主張するが、原告Aは、将来おむつ、医療品等の雑費、通院費用等、一般健常者とは異なる費目による出費が少なくないことが明らかであり、被告の前記主張は採用できない。」


 このほかにも、生活費控除を認めなかった裁判例は多くありますが、いずれも簡単な理由で加害者側の主張を排斥しています。

(3)介護費

① 将来介護費

 遷延性意識障害の事案で最も争いとなるのは、将来の介護費用についてです。

 遷延性意識障害の場合、将来的に回復する可能性は極めて低いことから、将来にわたって介護が必要となります。この介護の方法は大きく分けて、家族が自宅で介護を行っていく場合と専門の介護施設において介護が行われる場合があります。

 交通事故によって不幸にも植物状態となってしまった被害者の方を、自宅で介護してあげたいと思うのは、ご家族の方の心情としては当然の気持ちでしょう。そのために、介護の方法を医療機関で学んだり、自宅を介護しやすい環境に改造したり、自宅での介護に必要となる介護器具を購入したりする必要があります。自宅介護が相当であると認められた場合には、必要と考えられる範囲で上記の費用が損害賠償の対象として認められることになります。

 介護費用として、自宅介護の場合で介護の主体が「近親者」である場合、現在の裁判例の相場としては一日約8000円、「職業介護人」の場合は一日約2万円の費用が認められることになります。

 他方で、自宅介護ではなく施設介護が相当という場合にはその施設に支払う実費分を基準として将来の介護費用が算定されますが、一般的に自宅介護の場合よりも施設介護の場合の方が将来介護費用は少なくなります。将来の介護費用は原則として平均余命までという長期間にわたって発生するものですから、自宅介護か施設介護かによって、賠償金額にも大きな差が生まれることになります。

 そこで、加害者側は、自宅介護は無理なのであるから施設介護を基準に将来介護費用を算定すべきであるとの主張をしてくることになるのです。

 自宅介護を希望されるご家族が多くいらっしゃると思いますが、施設介護ではなく自宅介護が相当であるといえるためには、自宅介護をするだけの人的物的設備が揃っていることや万一容態が急変した場合に迅速に対応ができる環境が整っていること、また、自宅介護が十分に可能であるとの医師の意見書などにより、自宅介護によっても施設介護と遜色のないくらいの介護が可能であることを主張立証していく必要があります。

② 事例紹介

 ここでは、遷延性意識障害者の将来介護について、自宅介護と施設介護のどちらが相当と言えるかについて争いとなり、自宅介護によることが相当であると認められた裁判例と否定された裁判例をご紹介します。これらの裁判例の中から、自宅介護が認められるためにはどのような事情が必要かを考えていきましょう


  •  ⅰ 東京地裁平成22年3月26日判決肯定例
    •  本判決は、
      • 交通事故により遷延性意識障害となり、日常生活の全てに介助が必要とされる症状固定時69歳の男性
      • 自宅介護予定者は妻と二人の子供
      • 被害者は口頭弁論終結時、専門の療護センターに入院中
      • 同センター入院中に痙攣重積状態に陥ったことがあり、時にけいれん発作がみられるが自然に停止する程度
      • 療護センターの最長治療期間は3年とされ、すでに入所から1年半を経過しているが、具体的な転院先を見つけることが困難な状況
      • 療護センター退院後の訪問医療等を近医に依頼し、定期的な訪問診療・看護や気管カニューレ・胃瘻の各交換を行ってもらうことの了解を得て、その費用の見積りなどをしているほか、職業看護人による定期的な訪問介護や、リフト等の介護施設を自宅に設置すれば、在宅介護は可能な状況
      • 妻は被害者と長年連れ添ってきたのであり、少しでも長くそばにいてあげたいとの思いや長年住み慣れた家で療養してほしいとの希望がある
    • といった事情があることを踏まえて、
    • 「①原告X1は、平成23年9月29日(口頭弁論終結時から約1年半後)には、現在入院している療護センターからの退院を余儀なくされる蓋然性が高く、現在のところ、それ以降の受け入れ施設は見つけられておらず、療護センターに転院する以前には他病院での受入れが困難であったことに照らすと、今後療護センター退院時までに、原告X1の新たな受入れ先を見つけ出すことも容易であるとは言い難い状況にあること、②原告X1の在宅介護を行うための社会資源の整備として、ヘルパーの訪問、訪問入浴、訪問リハビリテーション、医師の往診、容体悪化の際の施設の確保等が必要であると考えられるが、本件の場合、在宅介護により必要となる費用は、施設介護と比べ著しく高額となるわけではなく、自宅近くには、本件事故以来入院していた秩父市立病院があるほか、既に、近医に対し、原告X1が療護センターを退院した後の在宅医療等につき具体的に相談するなどしており、原告X1の容体に応じた対応を期待することのできる医師も確保されていることが見込まれている上、手動走行型リフトの設置や、ミニック・ネブライザーといった喀痰吸引のための機器等も備えるときには、上記センター長の述べる「社会資源」が導入されるといえること、③原告X1は、現在、右手指を用いて意思疎通を図ることが可能であるほか、完全な寝たきりの状態ではなく、車イスを使用してそれなりの時間外出することも可能であり、在宅介護を行う場合に同居することになる原告X2らにおいても、少しでも長く原告X1の傍にいてあげたいとの思い等があること、④原告X1の容態も、現在のところ、相応に安定してきたところ、同人以上に重態の者も在宅介護が行われていることからすると、その在宅介護にも現実性があることといった事情が認められ、これらの事情を総合的に考慮すれば、原告X1の在宅介護の蓋然性については、療護センターへの入院開始時から3年が経過する平成23年9月29日の退院予定時以降はこれを認めることができ、在宅介護を前提とした将来介護費等を認めるのが相当である。」として自宅介護の蓋然性を肯定しました。
    •  また、被害者が抱える痙攣発作に関しては、
    •  「確かに、今でも時に痙攣発作を起こし、今後は加齢に伴う余病の併発の危険性等も高まることが予想されるといった原告X1の状態からすれば、自宅療養よりも療養型病院での入院管理・介護を継続することが妥当であるとのA医師の意見にも、相応の説得力があるというべきであるが、痙攣発作等に対しては、医学的対処は必要とされるものの、上記のとおり、定期的な訪問診療等や入院施設の確保といった対応も不可能ではないこと等からすれば、原告X1の在宅介護の蓋然性を否定することはできない。」として、対応策が存在するとしています。

  •  ⅱ 東京地裁平成24年10月11日判決否定例
    •  本判決は、
      • 交通事故により遷延性意識障害となり、日常生活の全てに介助が必要とされる症状固定時25歳の男性
      • 自宅介護の場合の介護者は妻
      • 被害者は事故後2つの医療機関に入院後、専門の療護センターに転院して、口頭弁論終結時においても同院に入院中
      • 事故直後から自発呼吸がなく、気管切開術が施行され、人工呼吸器装着、経管栄養・全身管理がされていたが、発熱・炎症反応が見られ複数回の感染歴が認められたので抗生剤を投与したものの発熱を繰り返していた。
      • 療護センターに転院後も、気管カニューレが挿入されているが、頻繁に空気漏れが起こり、喀痰により血中酸素飽和度が低下し、SPO2(動脈血酸素飽和度)が90%まで低下して呼吸不全になり、医師がジャクソンリースを用いて加圧し回復したことがあり、また、気管カニューレより、毎日、頻繁に吸引が行われているが、多量の痰が出て、時には血液混入膿性痰が持続的に出ることもあり、痰培養によって細菌が検出されたことがあり、尿細菌培養でも常に菌が検出され、慢性の尿路感染症が見られ、時に肺炎が悪化し、白血球は増加し、発熱があり、CRP値は高値を示しているという状態
      • 妻は介護技術を習得するため、週に2回程度、千葉療護センターで訓練を受けているものの、人工呼吸器、アンビューバッグの取扱いや気管吸引の方法も習得していないし、試験的な外泊を試みたこともない
      • 在宅介護の引受先が決まっておらず、サポートする医師、看護師、職業介護人等も全く確保されていない
      • 療護センターにおける最長入院期間が3年であることから、他の病院に入院申込みをし、入院の順番待ちをしている状態である
    • といった事情があることを踏まえて、
    •  「原告X1は、自発呼吸がなく、人工呼吸器装着下で経管栄養・全身管理された遷延性意識障害者であって、上記医師らが指摘するように、自宅介護には、感染症の罹患をできるだけ防止できるような適切な環境のもとで、24時間にわたり常時介護が可能な体制が構築され、緊急時にも対応できる医療機関等も確保されているなどの諸条件を充足することが必要であるところ、原告X3(妻)は、介護技術を修得するため週2回程度、千葉療護センターで訓練を続けているとはいうものの、人工呼吸器、アンビューバッグの取扱いや気管吸引の方法も習得しておらず、試験的な外泊を試みたこともなく、専門的な介護体制が確保できる目処もなく、かえって牧田総合病院への入院申込みをしているのであるから、現時点においては、上記諸条件をほとんど充足していないものと言わざるを得ず、また、近い将来においても、そのような条件が整うとも思われない。・・・したがって、原告X1については、施設介護によるのが相当であって、自宅介護を前提とする損害については、これを認めることはできないものというべきである。」として自宅介護の蓋然性を否定しました。

  •  ⅲ 判断を分けた要素
    •  上で紹介した2つの裁判例で自宅介護の蓋然性についての判断が分かれたのはなぜか。判断を分けた要素を検討してみましょう。
    •  遷延性意識障害者を自宅で看護するためには、それを可能にするだけの物的・人的設備が必要となります。
    •  物的設備としては、介護用のベッドや車いす、また介護用に自宅を改造したり、リフトの設置などが必要となるでしょう。そして物的設備よりも重要と思われるのが人的設備です。自宅介護は、家族等の近親者が行うのでしょうが、近親者だけで自宅介護を行うことは不可能であり、職業介護人や医師・看護師によるサポートが不可欠な要素となりますから、やはりこのような人的資源が確保できていることは必要不可欠と考えられます。
    •  この点について、上記ⅰの例では、近医の定期的な訪問診療等の了解が取れているなど人的資源が確保されていたのに対し、ⅱの事例では人的資源が全くと言っていいほど確保できていなかった点が大きく否定方向に傾く原因となったものと思われます。
    •  また、患者本人の容体がどの程度安定しているかも重要なポイントとなります。なぜなら、容体が不安定なのであれば、医師等の専門家による24時間の監視体制に置かれている必要があるので、施設介護が相当との判断がなされやすくなるからです。上記ⅰの例に比べて、ⅱの例の方がより重篤な容体に陥る可能性が高い状態にあったといえますから、この点も否定されたポイントと言えそうです。
    •  やはり、自宅で介護をしたいというご家族の気持ちは十分に理解できますが、そのためには、ある程度の水準の物的・人的資源の確保が必要不可欠であるといえるでしょう。

(4)一時金賠償方式と定期金賠償方式

  •  ① 損害賠償の方式
    •  一時金賠償方式とは、損害賠償の方式として、将来生ずる損害を口頭弁論終結時点において評価してその全額を一括で支払うように命じる方式で、損害賠償請求事件においては原則的な方式です。これに対して定期金賠償方式は、将来生ずる損害を生じた時期に応じてその都度定期的に賠償を命じるという方式です。例えば、「生存している限り1か月ごとに30万円支払え」と命じることになります。
    •  民法は不法行為に基づく損害賠償については債務不履行における損害賠償の規定(417条)を準用し(722条1項)別段の意思表示のないときは金銭をもってその額を定めるとするのみで、一時金賠償・定期金賠償のいずれの方式で行われるべきかについては明確に規定されていない。実務上は一時金賠償方式が慣行とされています。
    •  実務上一時金賠償方式が慣行とされている理由は、①貨幣価値の変動等の事情変更があった場合の対処方法がないこと、②賠償義務者の将来の資力悪化の危険を被害者に負わせることとなってしまうことにあります。
    •  平成8年に民訴法117条が新設され、同条は、「定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴え」という、定期金による賠償を命じた確定判決後に損害額算定の基礎となる事情に著しい変更が生じた場合にその判決の変更を求める訴えを提起することができるということを定めたもので、実務上一時金賠償が慣行とされる理由の①については立法的な解決が図られたことになりました。
    •  この規定が新設されたことによって、一時金賠償請求に対して定期金賠償を命じることができるかどうかが議論され、様々な裁判例が出されています。
  •  ② 裁判例
    • ⅰ 最高裁昭和62年2月6日判決
      •  この最高裁判決は、請求者が一時金賠償方式による賠償を求めている場合に、裁判所が定期金賠償方式による賠償を命ずることができるかに関して判断したもので、現在に至るまで明確には変更されていません。
      •  同判決は、「損害賠償請求権者が訴訟上一時金による賠償の支払を求める旨の申立をしている場合に、定期金による支払を命ずる判決をすることはできない」とし、一時金賠償方式を求めている場合に定期金賠償方式を命ずる判決をすることはできないことを示しました。
    • ⅱ 東京高裁平成15年7月29日判決
      •  民訴法117条新設後に、定期金賠償方式による賠償を命じた判決です。
      •  本判決は、「推定的余命年数については少なくとも現時点から20年ないし30年と推認することは困難であるものの、この推定余命年数は少ない統計データを基礎にするものであり、現実の余命と異なり得るものであることはもちろん、(被害者)の身体状態、看護状況、医療態勢や医療技術の向上の一方で、思わぬ事態の急変もあり得ることなどを考慮すると、概ねの推定年数としても確率の高いものともいい難い。そうすると、推定的余命年数を前提として一時金に還元して介護費用を内相させた場合には、賠償額は過多あるいは過少となってかえって当事者間の公平を著しく欠く結果を招く危険がある。このような危険を回避するためには、余命期間にわたり継続して必要となる介護費用という現実損害の性格に即して、現実の生存期間にわたり定期的に支弁して賠償する定期金賠償方式を採用することは、それによることが明らかに不相当であるという事情ない限り、合理的といえる。」と判示して、一時金を求めた請求に対し、定期金賠償を命じました。
      •  本判決は、定期金賠償方式により生じうる不都合についても言及しており、①将来の事情変更の場合の対処方法については、民訴法117条が新設されたことにより回避できるとし、②賠償義務者の将来の資力悪化の危険については、一時金賠償方式によっても同様の危険があることや任意保険会社が実質的賠償義務者である場合には将来の不履行の危険が少なくなることを理由として、定期金賠償方式によっても不都合は生じないとしました。
      •  この点について、たしかに将来の事情変更については民訴法117条により解決されたといえますが、賠償義務者の将来の資力悪化については、保険の自由化が進み保険会社間の競争が激化している現在において、保険会社といえども倒産する可能性は否定できず、必ずしも不履行の危険が少ないとは言えないと思いますし、一時金賠償方式の場合の不履行の可能性と定期金賠償方式の場合の将来の不履行の可能性とでは、やはり将来の不履行の危険の方が明らかに大きいといえると思いますので、本判決の理由付けは、定期金賠償方式を採用するにはやや不十分と言わざるを得ません。
      •  また、本判決は、推定余命年数について、「植物状態の寝たきり者について推定余命が短いとの統計的な数値のみで症状固定時から10年程度であると推定することはできないが、同寝たきり者について推定余命が短いことは統計的に認めざるを得ない。」と述べていることから、植物状態に陥った人の平均余命が比較的短いものであることを無視できないが、そのことをもって直ちに本件被害者の余命を平均余命よりも短いと認定することには抵抗があり、両者のバランスを取るために、定期金賠償方式を採用したのではないかと思われます。
    • ⅲ 福岡高裁平成23年12月22日
      •  本判決は、被害者が一時金賠償方式による賠償を求めたのに対し定期金賠償を命じた原判決を変更し、一時金賠償方式による賠償を命じたものです。
      •  本判決が一時金賠償によるべきであるとした理由として、「本件において控訴人らは、①被控訴人らが賠償責任保険を付保しているとしても、損害保険会社の経営が破綻する可能性もあるから、定期金賠償方式によっては履行確保の不確実性があること、②控訴人らは本件被害者に関する被控訴人側の主張により大きな精神的負担を負ってきたところ、定期金賠償方式によれば、紛争の一回的解決が図れず、被害者と加害者との関係性が長期にわたり固定化されてしまうことが耐え難いことなどを理由に、一時金賠償方式による支払を求めており、また、控訴人X1が症状固定時に25歳で、後遺障害により高度の意識障害や著明な四肢拘縮が継続しているが、後記のとおり在宅療養をしており、これを前提に損害を算定することが公平の理念に反するものということはできないのであり、民訴法117条が創設されたことを勘案しても、この控訴人らの申立てに反して、定期金賠償方式を採用することが相当であるとは解されない。」と述べています。
      •  本判決は、定期金賠償方式を否定した理由として、保険会社といえども経営破綻の可能性もあるから履行確保の不確実性があることに加え、加害者との関係性が長期間継続することに対する精神的負担や紛争の一回的解決という被害者の強い意思を考慮したことに大きな意義があります。定期金賠償によって加害者との関係がいつまでも継続することは被害者側にとっては想像以上の精神的負担を強いるものであることは明らかですから、被害者側の心情を十分に汲み取った非常に被害者救済に資する判決であるということができるでしょう。
    • ③まとめ
    •  被害者にとっては、賠償の履行確保や紛争の一回的解決などの面から、一時金賠償方式のほうが有利であるといえますが、紹介した事例のように裁判所の考え方は様々で揺れていますから、どのような判断が下されるかは不透明な状況にあるといえますので、今後の裁判所の動向に注目する必要があります。

3.おわりに

 交通事故により、遷延性意識障害となってしまった場合には、ご本人はもちろんのこと、そのご家族も大変なご苦労をなさることになると思われます。また、そのご苦労はかなりの長期間にわたることが予想されます。事故前とは生活が一変してしまうことになるでしょう。

 ご家族の方は付添や介護等でかなりの負担を長期間強いられることになりますから、これに加えて賠償問題についての加害者側保険会社と交渉しなくてはならないとなると、その負担は非常に重くなり、ご家族にもご自身の生活もありますから負担に耐え切れなくなってしまいかねません。

 そのようなご家族の方のために、我々弁護士は法律の専門家として、保険会社との交渉をお引き受けすることで、少しでもご家族のご負担を減らすことができればと考えておりますので、お悩みの方はぜひ一度ご相談ください。

 本稿が遷延性意識障害者とそのご家族のために、少しでもお役に立てれば幸いです。

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