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  • Ⅶ-  素因減額

  • 1 素因減額とはどの様な考え方か-損害の公平な分担という考え方が根底-
  • -本当に損保からの素因減額の主張により賠償額が減額されてしまうのか-
    • (1) 問題の所在-素因減額という聞き慣れない言葉に戸惑う被害者
    • (2) そもそも素因減額とは何か
      • ア 素因とは何か。素因減額とは何か。
      • イ 理論上の根拠(詳しく知っている意味はないですが・・・)
      • ウ 保険会社は何を言ってくるのか
  • 2 裁判例における素因減額の判断基準
    • (1)前提、まずもって-①体質的素因と②心因的素因の区分
    • (2)体質的素因についての有名判例-身体的特徴が疾患に該当するか否か
    • (3)心因的素因についての有名判例-損害拡大に心因的要因が寄与か否か
      • ア やや極端な事例
      • イ 性格が「通常想定される範囲を外れるものでない限り」、減額できない
  • 3 個別の症状に対する判例の判断状況
    • (1) 体質的素因の判断基準の確認-疾患に当たるか否か
      • ア 後縦靭帯骨化症
      • イ 椎間板ヘルニア
      • ウ 脊柱管狭窄
      • エ 骨粗しょう症
    • (2) 心因的素因
      • ア バレリュー症候群(後頸部交感神経症候群)
      • イ PTSD
  • 4 結びにかえて-裁判での素因減額の主張・立証など-

1 素因減額とはどの様な考え方か-損害の公平な分担という考え方が根底-

-本当に損保からの素因減額の主張により賠償額が減額されてしまうのか-

(1) 問題の所在-「素因減額」という聞き慣れない言葉に戸惑う被害者

 保険会社は、示談交渉に際して、「素因減額」という一般には耳慣れない言葉を使って、賠償金の減額を主張してくることが多々あります。

 保険会社は、慰謝料等の計算では裁判所の考え方をそのままには採用しないにもかかわらず、被害者の有する身体や心の事情が損害発生に寄与していた場合、損害賠償額から一定額を差し引く(控除する)素因減額という裁判例上認められる理論に従って賠償額の減額を主張してくることがあるのです。

 しかし、裁判例上、素因減額が認められる場合は、一定の範囲内に限定されています。本当に素因減額の主張を認めなければならないのでしょうか?
また、素因減額される事案であったとしても、その減額割合は一定の範囲内に限られるものです。保険会社の主張する通りの減額を認めなければならないのでしょうか?

 本稿では、どのような場合が素因減額の対象となるのか。

 また、素因減額の対象となる事案だったとして、裁判例上、どういう場合に、どのくらいの割合で減額されているのかについてご説明したいと思います。

(2) そもそも素因減額とは何か

ア 素因とは何か。素因減額とは何か。

 素因とは、被害者が交通事故(不法行為)前から有していた心身の状態で、交通事故(不法行為)の際に損害を発生・拡大させる原因となったものをいいます。

 例えば、事故発生時点で被害者が既に亀裂骨折していた場合、事故によって完全骨折に至ってしまい被害が拡大した場合など、もともと被害者が被害結果の拡大しやすい身体的な状態を有していた場合、拡大した結果全てを加害者の責任とすることは不公平になってしまいます。

 そこで、損害賠償にあたって、加害者と被害者との公平を図るために、被害者の有する事情(素因)を考慮して損害賠償額を調整・減額するという運用がなされており、この運用を素因減額というのです。

イ 理論上の根拠(詳しく知っている意味はないですが・・・)

 あえて理論上の根拠を説明しますと、民法722条2項は、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と規定して、直接的には、被害者側の落ち度・過失を考慮して損害賠償額を定めるという過失相殺の制度について定めています。

 この規定の目的・趣旨は、被害者、加害者間での損害の公平な分担を図ることを目的・趣旨としています。

 被害者の心身の状態は、被害者の過失・落ち度には該当しないのですが、心身の状態が損害の発生・拡大の原因となった場合には、損害額を判断するに際して検討要素とした方が公平な解決を図れる点では民法722条2項が定める過失相殺制度の目的・趣旨には合致しています。

 そこで、被害者側の心身の状態についても、民法722条2項を「類推適用する」という法解釈の仕方を施して損害額を定めるうえで考慮事情にしようという運用が裁判実務では採用されています。損害保険会社は、裁判所の運用を知っているからこそ、素因減額なる主張をしてくるのです。

ウ 保険会社は何を言ってくるのか

 例えば、事故前から

 ・「被害者の頸椎は生理的前弯が失われ直線状になっていて(ストレートネック)、椎間が狭まって神経痕を圧迫しやすい体質だった」

 ・「事故前から、40歳台以降の年齢的な要素として、関節周辺に骨棘(こつきょく)や腱板の変性が生じていた」

 →これらの身体的な素因が損害拡大に寄与しているから「損害額を3割減額すべきである」等と主張されるのです。

 以下では、素因減額について判断を示した裁判例をご紹介し、そこから読み取れる裁判実務上の「素因減額されるべきものか否かの判断基準」や、「素因減額の割合」について裁判所の考え方をご説明します。

2 裁判例における素因減額の判断基準

(1) 前提、まずもって-①体質的素因と②心因的素因の区分

 素因減額の対象となる素因は大きく分けて、①体質的素因と②心因的素因とに分けることが出来ます。簡単に言ってしまえば、

 ①体質的素因とは、被害者の身体のうち健康とは言えない要因をいい、

 ②心因的素因とは、被害者の性格や意欲など心理的な面で健康とは言えない要因をいい、

 健康とは言えない要因が被害の発生に寄与しているといえるか否か、で素因減額をすべきか否かを判断し、どの程度健康とは言えない要因が損害の発生に寄与しているかで減額する割合を何%と考えるか、が議論されるのです。


(2) 体質的素因についての有名判例-身体的特徴が疾患に該当するか否か


 体質的素因について、具体的に裁判で争われた事例として、被害者が平均的体格に比して首が長く多少の頸椎の不安的症があるという身体的特徴を有していたという事例があります(最判平成8年10月29日)。

 この事例につき、福岡高裁は、被害者の損害額を2419万4313円と認定しましたが、加害者側の素因減額の主張を認め、損害額から4割の素因減額をしたため、結論として、賠償金額を1451万6587円と算定しました。

 しかし、最高裁判所においてこの福岡高裁の判断が覆されます。最高裁は次のとおり判断を示しました。

 「不法行為により傷害を被った被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有しており、これが、加害行為と競合して傷害を発生させ、又は損害の拡大に寄与したとしても、右身体的特徴が疾患に当たらないときは、特段の事情がない限り、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできない(民法722条2項の定める過失相殺の制度を類推適用することはできない)。」と判示し、素因減額を考慮しないで被害者の請求額を算定し直させるために福岡高裁に差し戻したのです。

 この裁判例によれば、①身体的特徴が疾患に当たらないときは、体質的素因として素因減額の対象にならない。②その身体的特徴が疾患に当たるときには体質的素因として素因減額の対象になるということになります

 要するに、体質的な素因が素因減額の対象となるか否かは、身体的特徴が疾患に当たるかどうかの判断によるということになります。

(3) 心因的素因についての有名判例-損害拡大に心因的要因が寄与か否か

 ア やや極端な事例-「自己暗示にかかりやすく、自己中心的で、神経症的な傾向が極めて強い」性格だと裁判所に評価されている点に特徴がある事案-心因的素因を考慮して6割もの減額が認められた。

 心因的素因について、裁判で争われた事例として、次の事例をご紹介します。当該事案は、「軽度な自動車追突事故の被害者が、外傷性頭頸部症候群のために約3年間の入院を含め、事故後約10年間にわたって重篤な症状(むち打ち症)を訴えて治療を受けた」という事例でした(最判昭和63年4月21日)。

 この事例につき裁判例は、「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害賠償を定めるにつき、民法722条2項を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる。」と判示しました。

 結論として、損害額合計706万9658円から6割もの素因減額をして、賠償額を282万7863円と算定しました。

 【裁判例の評価】:→「追突事故で3年間も入院し、10年間も症状が続いた」というのは、「ちょっと異常だ。」「心因的素因を素因として考慮し、賠償額を減額して公平を図った方が妥当だ」という価値判断を読み取ることが出来ます。

イ 性格が「通常想定される範囲を外れるものでない限り」、性格等を心因的素因として斟酌(減額)できない-うつ病に罹患して自殺

 労災事件ではありますが、大手広告代理店に勤務する労働者が長時間にわたり残業を行う状態を1年余り継続した後にうつ病に罹患し自殺した事例について、判例は、以下の通り判示しています。

 「ある業務に従事する特定の労働者の性格が、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、

 「裁判所は、・・・賠償すべき額を決定するに当たり、その(被害者の)性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできない」と判示しました(最判平成12年3月24日)。

 これらの判例をみるに、発生した損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているといえるときに、心因的素因として素因減額の対象となるものと考えられます。

 【裁判例の評価】:反対解釈すると、被害者の性格が、通常想定される範囲を「外れるもの」であった場合には、心因的素因を考慮して賠償額を減額されうると解釈できます。

3 個別の症状に対する裁判例の判断状況

(1) 体質的素因の判断基準の確認-「疾患」に当たるか否か

 前述のとおり、素因減額される体質的素因に当たるか否かは、「疾患」に当たるか否かで区別されます。

 しかしながら、単なる身体的特徴と疾患とは、その区別が必ずしも明らかではないことの方が多いから、素因減額はよく紛争になるのです。

 以下では、問題となった症状ごとに個別に検討していきます。

ア 後縦靭帯骨化症

 後縦靭帯骨化症とは、脊椎椎体の後縁を上下に連結し、脊柱を縦走する後縦靭帯が骨化し増大した結果、脊髄の入っている脊柱管が狭くなり、脊髄や脊髄から分枝する神経根が圧迫されて知覚障害や運動障害等の神経障害を引き起こす病気です。

 後縦靭帯骨化症は、厚生労働省指定の難治性疾患の1つです。頸椎後縦靭帯骨化症については、ほとんどの裁判例が「疾患」と扱っており、素因減額を肯定しています。

 これらの裁判例においては、発生した損害額から2、3割減額しているものが多いですが、中には5割程度の減額を認める例もあります。

 他方、素因減額が否定された例としては、脊柱管狭窄による後縦靭帯骨化について通常の加齢に伴う程度を超えるものであったとの立証がない(つまり、「疾患」であるとの立証がなされていない)として減額を否定したものがあります。

イ 椎間板ヘルニア

ⅰ 素因減額を肯定した判例

 ヘルニアとは異常な裂孔を通って臓器あるいは組織が本来存在しない部位へ脱出する状態を意味し、椎間板ヘルニアとは、線維輪裂孔より髄核が突出あるいは脱出し、神経根を圧迫し症状が出現したものをいいます。

 椎間板ヘルニアに関して、事故前にすでにヘルニアによる治療歴がある場合には、裁判例の多くが「疾患」として考慮し、素因減額を肯定しています。これらの裁判例においては、発生した損害額から2、3割減額しているものが多いですが、症状の程度に応じて5割程度の減額を認める例もあります。

ⅱ 東京地裁平成19年7月27日判決~2割の素因減額を認めた判例~

 具体的に、2割の素因減額を認めた判例として東京地裁平成19年7月27日判決があります。この事例では、タクシーの後部座席に乗車した被害者たる原告が交通事故により約1年1カ月通院し、14級10号頸部・腰部痛を残したところ、原告が事故前から腰部に椎間板ヘルニアの既往症があったため、その既往症が素因減額の対象になるのかが争われました。

 裁判所は概ね以下のような理由を述べて、その認定した損害金337万2310円から2割を素因減額し、被告に269万7848円の支払い義務を認めています。

 腰部痛については、MRI画像診断で、原告の現在の症状は本件事故前と変化がないとされていること、また、本件事故前からL4/5部に椎間板ヘルニアの既往がある旨の指摘があることからすれば、本件事故後の腰部痛については、本件事故前からの原告の既往症としての椎間板ヘルニアが関与している可能性が高いといわざるを得ない。

 上記の通り、原告は、既往症として椎間板ヘルニアを罹患していたこと、同ヘルニアは、長期間の治療を要するような重度のものであったこと、本件事故後の原告の症状については、少なくとも腰部に関しては、経年性変化と見られる症状が残存しておりこれが腰部痛に影響していると考えられることからすれば、本件事故による原告の症状については、上記ヘルニアが関与しているといわざるを得ない。

 したがって、原告の上記各症状については、上記既往症が関与しているものとして、上記損害額の合計から、20%を素因として減額する。

ⅲ 横浜地裁平成17年3月14日判決~3割の素因減額を認めた判例~

 この事案は、横浜市内交差点で42歳の主婦の原告が、乗用車を運転、信号待ちから発進した際、信号無視の被告運転の軽乗用車に運転席後部付近に衝突されたというものです。

 原告は、本件事故で梨状筋症候群となり手術後12級後遺障害を残したと認められましたが、原告は腰椎椎間板ヘルニア等の既往症があり、この既往症が素因減額の対象となるのかが争われました。

 裁判所は、概ね以下のような理由を述べて、その認定した損害額1134万5044円から3割を素因減額し、被告に794万1530円の支払い義務を認めました。

※ 梨状筋症候群(りじょうきんしょうこうぐん)とは、お尻にある筋肉の梨状筋が過度の運動、外傷により緊張を起こし、下を走る坐骨神経を圧迫して引き起こされる整形外科疾患のことです。

 本件事故の際被害車両には同乗していた者がいたが、同人は何らの傷害も負っていないこと及び、本件事故前にも原告には腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛、左下肢痛・しびれ、筋力低下という症状が出たことがあり、梨状筋を切り取った後も左股関節周囲筋の筋力低下や左下肢痛の残存などの後遺障害が残ったことに照らせば、本件事故によって梨状筋症候群となり、上記のような後遺障害が残ったことについては、原告の既往症が影響していると考えられ、3割を同素因によるものとして減額するのが相当である。

ⅳ 水戸地裁土浦支部平成16年2月20日判決

  ~6割の素因減額を認めた判例~

 この事案は、49歳の男性である原告が、自動車を運転中、被告運転の自動車に追突され脊髄症などで手術後、自賠責併合4級を残したものですが、事故前から原告には著明な脊柱管狭窄や椎間板ヘルニアが認められたことから、これらが素因減額の対象となるのかが争われました。判例は概ね以下のような理由を述べて、その認定した損害額4880万8780円から6割を素因減額し、被告に1952万3512円の支払い義務を認めました。

 原告には、著明な脊柱管狭窄、椎間板ヘルニアが認められ、これらの障害は、その性質上、外傷によって生じるものとは考えられず、本件事故当時既にあったものと認められることからすれば、この既往症が、治療期間の長期化及び重篤な後遺障害の発生に大きく寄与したものと認められる。

 そうすると、原告の素因が本件事故による損害の拡大に寄与した割合は6割を下ることはないというべきであり、損害の公平な分担との観点から、原告らが被った損害額から6割の素因減額をなすことが相当である。

ⅴ 素因減額の否定例

 他方、素因減額が否定された例として、事故前には腰椎椎間板ヘルニアと診断されたことはなく、また、そのような症状も出ていなく、当該事故態様でもヘルニアが発症する可能性が認められることを理由に当該事故によりヘルニアを発症したと認定した裁判例があります。

ⅵ まとめ

 以上のように判例を見ていくと、椎間板ヘルニアが「疾患」として素因減額の対象となるかどうかは、事故前に椎間板ヘルニアに罹患していたかどうか、その椎間板ヘルニアが後遺障害に影響を及ぼしているといえるかどうかがその判断の基礎となるものと考えられます。

 そして、素因減額の割合を決めるにあたっては、①疾患の種類、態様、程度(当該病的状態が通常人とどのくらいかけ離れているか、その治療のためにどの程度の医学的処置が必要か、事故前の健康状態(通院状況等))、②事故の態様、程度及び傷害の部位、態様、程度と結果(後遺障害)との均衡等個別具体的に検討しているものと考えられます。

 なお、実務では医師作成の意見書で寄与割合が示されることがありますが、そのような医学的な寄与割合がそのまま素因減額の割合になるわけではありません。そもそも、医学上においても客観的な寄与割合を算定できるのか疑問が残るところです。

ウ 脊柱管狭窄

 脊柱管狭窄症とは、文字通り脊柱管が、何らかの原因で狭くなり、その結果、神経や血管を圧迫するために起こる症状です。

 脊柱管狭窄に関する裁判例は、後縦靭帯骨化症や椎間板ヘルニアと異なり、素因減額を認めないものも相当数あります

 素因減額を否定する理由としては、経年性の変化で疾患には当たらないとするもの等があります。他方、素因減額を認めた例で、その理由を事故前から通院治療していたことに求めたものもあります。

エ 骨粗しょう症

 骨粗しょう症は、骨量が減少し、かつ骨組織の微細構造が変化し、骨の脆弱性が増し、骨折しやすくなった病態であり、遺伝的要因、加齢、閉経、薬物などによる多因子生活習慣病です。

 骨粗しょう症については、高齢の被害者については概ね減額しない傾向にあります。しかし、若年者の場合には、疾患に該当するとし、減額割合も比較的高い傾向にあります。


(2) 心因的素因-損害拡大に心因的要因が寄与か否か、個別判断


 前述のとおり心因的素因として素因減額されるか否かは、発生した損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているといえるかどうかにより判断されます。

 しかし、心因的素因はその性質上、定型的判断が難しく、個別に判断していくしかないように思います。以下では、交通事故実務においてよくみられる症状について裁判例の動向を見ていきます。

ア バレリュー症候群(後頸部交感神経症候群)

 事故の受傷で頚部の自律神経機能に障害が出ているものがバレリュー症候群と呼ばれています。

 バレリュー症候群は他覚的所見がなく、患者本人の自律神経失調に由来するとされる頭痛、めまい、耳鳴り、難聴、眼精疲労、視力障害、流涙、首の違和感、摩擦音、疲労、血圧低下など多彩な自覚症状が特徴であり、心因に基づくものとの区別は極めて困難であるとされています。

 裁判例においても、バレリュー症候群の症状は、心因性の強い人に多く発症するといわれており、人格、個体、個人の性格、ストレス及び家庭の問題等心因的要因はバレリュー症候群の症状に強く影響するとして、原告の場合も、事故の態様、職業の問題、家族関係、事故後の被告の対応などによる心因的要因が治療期間を長期化させた一因となっていると認め、原告の心因的素因が損害の拡大に寄与しているとして3割の素因減額を認めた例があります。

※診断書に「バレリュー症候群」と記載されていても、必ずしも3割素因減額されると解釈するべきではありません。

イ PTSD

 PTSDとは、心的外傷後ストレス障害のことをいいます。強烈なトラウマ体験(心的外傷)がストレス源になり、心身に支障を来し、社会生活にも影響を及ぼすストレス障害です。

 裁判例では、PTSDとの断定は困難であるとし、原告のPTSDの罹患を否定したうえで、「適応障害」として12級を認めつつも、本件事故の衝突の衝撃は軽いものであって、本件事故後に原告の身体に生じた受傷も軽微であり、本件事故後に原告に生じた精神障害は、本件事故の態様から通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について原告の心因的要因が寄与しているものと認められるとして、3割の素因減額を認めた例があります。

4 結びにかえて-実際の裁判での主張・立証など-

 上記では、交通事故実務で素因減額が認められた裁判例を多く見てきました。

 しかし、素因減額をするためには、賠償義務者である加害者側で、

①ⅰ被害者の身体的特徴が疾患に該当すること、若しくは、

 ⅱ発生した損害が加害行為のみによって通常発生する程度を超えるものであること

②加害行為と当該疾患又は心因的素因とが共に原因となって損害が発生したこと、

③当該疾患又は心因的素因を斟酌しないと損害の公平な分担という不法行為法の趣旨を害すること、

④過失割合において検討すべき諸要素

 について、加害者側(=保険会社側)が立証する必要があります。

 そのため、加害者側に素因減額が認められるハードルはそれなりに高いはずなのですが、実際には、保険会社100%出資の子会社(某損保だといつも同じ会社の意見書が出てくる印象です。●●Mサー××社とか)が抱えている医師が作成した意見書が証拠として提出されることが結構あります。それに対しての反論も大体パターンが決まっているというか、予想のつきやすい議論の展開になりがちです。

 本稿が、保険会社から「素因減額」なる主張を受けて、戸惑っている方々の理解の一助となれば幸いです。

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